Published: 2025-02-12 12:08

吉沢 亮──職人気質な孤高の俳優

一体彼はいくつの顔をもっているのだろうか。コミック原作ものから独立系までどんな役柄にも全身全霊を捧げ、自分のものにしてしまう。変革期を迎えた日本映画の一翼を担う俳優・吉沢亮が2025年に主演する作品への意気込みを語ってくれた。

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初めて映画館を訪れた日のことを、吉沢亮はこう振り返る。

「映画館で初めて観た映画は『ハリー・ポッターと賢者の石』です。本当はアニメを観たかったのですが、満席だったので、仕方がなく家族と一緒に観たんです。でも家のテレビとはまったく違う、大迫力の映像を目の当たりにして、凄いものを観たなと感じました。映画館で映画を観るのは、やっぱりいいですね」

かつて大きなスクリーンに胸を躍らせた少年は、いまスクリーンの向こうで観客を魅了する。

吉沢亮は2024年の3月から6月まで、映画『国宝』の撮影に臨んでいた。彼が演じたのは、任侠一家に生まれるも、歌舞伎役者の名門に引き取られ、芸の道に邁進する稀代の女形。

「歌舞伎の稽古は2023年1月に始めたので、撮影期間も含めると約1年半、ずっと稽古をしていました。姿勢、歩き方……初めて触れるものばかりで大変でしたね。いちばん苦労したのは踊りかもしれません。女形なので、広い肩幅が邪魔にならないように、つねに肩を落として踊らないといけない。これほど役作りに時間をかけたことはなかったので、人生を懸けた作品になったなとつくづく思います」

NHK大河ドラマ『青天を衝け』で、渋沢栄一の生涯を91歳まで演じたのと同様に、『国宝』でも主人公の青年期から老年期まで、数十年の道のりを演じ切る。

「年齢に逆らって年老いた役に扮するのは、どう考えても限界がありますよね。進んでやりたいかと言われると、どうなんだろう（笑）。でもそういうお話をいただくと、頑張らないといけないなと気合が入るんです」

『国宝』の撮影を終え、彼が次に臨んだ作品は、銭湯に住み込みで働く450歳のバンパイアを演じるラブコメディ『ババンババンバンバンパイア』（以下、『バババ』）だった。

「『国宝』ではつねに追い込まれていて、3カ月間、文字通り死ぬような思いで撮影をしたので、そこから解放された喜びがありました（笑）。『バババ』の撮影では、ずっとふざけていたような気がします」

とは言え、『国宝』で落とした体重を約1カ月で増やし、美しいバンパイアにふさわしく体を鍛え上げるなど、役柄への準備は抜かりがない。その一方で、ときに変顔、ときに全裸と、タブーなどいっさいないかのようなぶっ飛んだ演技を、『バババ』の彼は見せている。

「昔から面白い人＝カッコいい人という考えがあって、面白いことへの憧れが強かったんです。だから面白いと思えれば、コメディに限らず、どんな役柄でもやりたい。できないこと……虫を触るのはちょっと無理ですね（笑）。でも基本的に、自分にはできないと思いたくないし、やったことのないことだと逆に燃えたりします」

『国宝』や『バババ』だけでなく、これまで彼は難度の高い役柄を、あえて挑むかのように演じてきた。

「自分でも理由はわからないけど、とくに最近、準備の必要な役柄が増えてきたと思います。20代前半の頃は、複数の作品を縫うようにして撮っていて、現場でお芝居をするだけで精一杯でした。最近はひとつひとつの作品に、時間をかけて集中できるようになってきた。だからハードルの高い役柄のほうがやりがいを感じるのかもしれないです。ただ現場へ行って、ただお芝居をするだけだと、自分自身が死んでしまう気がする。挑戦できる何かがある役のほうが、取り組む意義を見出せるんでしょうね」

出演する作品についても、それが面白ければ、ジャンルや作品規模にはとらわれない。

「自分が本当に興味を持てるかどうか、ですよね。規模が大きいとか、ヒットしそうだからとか、そういう観点で出る作品を選ぶのはつまらない。まだ駆け出しの頃から、ずっとそう思っていました。いまだにその考え方は変わりません。いろいろなことに挑戦したいなって」

そうして多彩な作品に出演してきた彼だからこそ、近年の日本映画が多様な才能に溢れていることを実感している。

「監督もそうだし、役者もそうだし、この人はすごいと思う人たちがたくさんいますよね」

同年代の俳優たちとは共演することも多いが、その存在は彼を触発し、ときおり強く刺激する。

「例えば『国宝』では、横浜流星と一緒に1年半稽古して、歌舞伎役者としてふたりできちんと画の中に成立することが目標だったんです。その半面、彼には負けたくないというマインドもあって、このままでは駄目だという緊張感をつねに持っていました。彼がいたから、自分も最後までやり通せた。刺激をそうとうもらいましたね」

かと思えば、『バババ』などの作品で、年下の俳優たちと共演する機会も増えてきた。

「そこでもやっぱり刺激を受けます。年下になめられたらいけない、頑張らないとなって（笑）。いまの若い世代はみんな上手いですから」

刺激的な才能がぶつかり合う、現在の日本映画は充実している─。

「─そう言ってもいいんですかね？ もっといけそうですけど、日本映画は」

日本の俳優が海外の作品に出演し、話題を集めることも近頃では珍しくないが、彼はまた別の可能性に目を向けている。

「日本の役者が海外に進出することは、もちろん素晴らしいことだと思います。ただ、日本語の作品をもっと海外の人たちに観てもらいたい、という思いも強くあります。世界の人たちの前に出しても、恥ずかしくない才能の持ち主が大勢いるし、もっと評価されてもいい作品がたくさんあると思うので。その機会がもっと増えるといいですよね」

近年では俳優発の映像企画が増加しているが、いまはただ演技に集中していたいという。

「現場ではやり切ったと思っても、完成した作品を観たら萎えてしまうことがある。全然違っていたなって。だからこそ、演技は飽きないんでしょうね。自分にとっては演技が一番だし、いまは演技しかありません」

■吉沢 亮／Ryo Yoshizawa

1994年生まれ。2009年デビュー。18年の映画『リバーズ・エッジ』で第42回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、19年の映画『キングダム』では第43回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞などを受賞。21年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で主人公・渋沢栄一役に扮し、22年『PICU 小児集中治療室』では“月9ドラマ”に初出演・初主演を果たす。24年は映画『キングダム 大将軍の帰還』『ぼくが生きてる、ふたつの世界』に出演。

■『ババンババンバンバンパイア』

奥嶋ひろまさによる漫画作品を映画化。銭湯で働く青年・森蘭丸の正体は、450歳のバンパイアだった。蘭丸は童貞の血を求め、銭湯のひとり息子・李仁（板垣李光人）とクラスメイトの恋を懸命に妨害する「童貞喪失阻止作戦」を開始。クセの強いキャラクターたちが繰り広げるカオスなラブコメディ。監督は浜崎慎治。近日公開。

■『国宝』

任侠の世界に生まれ、歌舞伎役者の家に引き取られた喜久雄と、歌舞伎の名門に生まれ、跡取りとして将来を嘱望される俊介（横浜流星）。ふたりは互いに切磋琢磨しながら、芸の道に青春を捧げていく。彼らの数奇な運命を描いた吉田修一による長編小説を『悪人』、『怒り』などの李相日監督が映画化。6月6日全国公開。

写真・熊谷勇樹 スタイリング・荒木大輔 ヘアメイク・小林正憲（SHIMA） 文・門間雄介 編集・遠藤加奈（GQ）