Published: 2025-01-16 19:07

証券取引委員会がイーロン・マスクを提訴。なぜいま？

バイデン政権の残り時間が迫るなか、証券取引委員会（SEC）がイーロン・マスクを連邦裁判所に提訴した。適用される法律自体は比較的単純だが、提訴のタイミングにはより複雑な事情が潜んでいる。

SECの訴状の焦点は、2022年初頭にマスクが行なったツイッターの株式取得にある。訴状によると、マスクは同社の普通株式を5％以上取得した際、法定期限である10暦日以内でのSECへの通知を怠った。これが事実なら、連邦証券法違反となる。SECは「その結果、マスクは不当に安い価格で株式の購入を続けることが可能となった」と指摘し、「少なくとも1億5,000万ドルもの過少支払いが、受益所有者報告書の提出期限後に購入した株式について生じている」と主張している。SECは本件について陪審による審理を求めている。

この事案は驚くほど単純だ。UCLAロースクール教授で証券規制と会社法を専門とするジェームス・パークは「SECの確立された規則への明白な違反を問う、きわめてシンプルな事案です」と説明している。10日以内に書類を提出するか否か、それだけの問題なのだ。SECの主張によると、マスクは同年3月14日までに基準となる株式数を超過したにもかかわらず、保有の事実を公表したのは4月4日だった（なお、SECは、マスクが3月24日まで株式取得を継続していたことから、実質的な遅延は11日間に及ぶと指摘している）。

しかし、SECがこの提訴に踏み切るまでに約3年を要した点が注目される。SECニューヨーク執行部の元共同責任者で、現在は北イリノイ大学ロースクールの教授を務めるデイビッド・ローゼンフェルドは「なぜいまなのか、という疑問が浮かびます」と指摘。そして「最も説得力のある答えは、政権交代前に決着をつけたいということでしょう」と続ける（ただし、ローゼンフェルドはSECの訴状を詳細に検討したわけではないと付け加えている）。

1週間後に控える政権交代は、マスクにとってより有利な規制環境をもたらす可能性が高い。マスクはドナルド・トランプの選挙運動を支援する政治活動委員会（PAC）に数億ドル（数百億円）を寄付しており、政権移行期間中は次期大統領の側近として報じられている。現職のゲーリー・ゲンスラーSEC委員長の後任には、規制緩和路線で知られるポール・アトキンスが就く見通しだ。

マスクの弁護士アレックス・スピロは今回の提訴を政権の最後の意趣返しと見る。「SECは退任間近になって、マスクに対する数年来の嫌がらせの締めくくりとして、この些末な一件の提訴を行なった」と電子メールで反論した。