Published: 2025-04-24 12:40

HYROX

2025年夏に日本上陸を果たすHYROX。ランニングとファンクショナルトレーニングを組み合わせた過酷なフィットネスレースの人気の秘密をアスリートたちに訊いた。

【写真13枚】日本上陸間近。HYROXの会場風景をチェック！

ジムで得られるのは自己ベストの更新と筋力アップだけだろうか？ そのように思われることは多いが、それだけではモチベーションを維持するのは難しい。そこで人気となっているのがHYROX（ハイロックス）だ。このコミュニティベースのフィットネスレースは、世界中の65万人を数えるアスリートたちにジムに通うまったく新しい理由を与えている。

HYROXのレースは、よく知られた（そして敬遠されがちな）8種類のワークアウトを合計8kmのランニングに織り込んだものだ。1km走るごとにスキーエルゴ、スレッドプッシュ、スレッドプル、バーピーブロードジャンプ、ローイング、ファーマーズキャリー、サンドバッグランジ、そしてウォールボールというキツいファンクショナルトレーニングを行わなければならない。

合計数十万ドルにも上る賞金とインスタ映えしそうなアリーナもさることながら、HYROXには際立った魅力がある。それは、「あらゆるボディのためのフィットネス大会」という謳い文句に忠実であること。それが新規参加者が押し寄せている理由である。あらゆるレベルのアスリートたちが、ちょっとした努力（と大量の汗）さえ惜しまなければ、誰でもコツを学び、ゴールラインを越えることができると気づいたのだ。

■どこで参加してもルールは同じ

人間は自己成長にこだわる生き物だ。HYROXは、世界のどこでレースをしようともコースがまったく同じであるため、自分の進歩を確認するのに最適な場となっている。

「人は目的を持ってトレーニングをしたいと思うものです」。HYROXのプロ参加者であり、カナダ・オンタリオ州のジムResilience Fitnessの共同設立者でパーソナルトレーナーのアンドリュー・ギリスは言う。「そういった人のために、HYROXははっきりとした目標を与えてくれます。また、タイム、順位、改善点など、目に見える進歩の指標を提供することで、モチベーションを高めてもくれるのです」

「標準化されたフォーマットは、HYROXの成長にとって極めて重要でした」と、彼は続ける。「毎回同じレース構成は、参加者のトレーニング方法に継続的な改善点を示してくれます。また、すべてのイベントにおいて、審査と採点のあり方にも一貫性が保たれます」

フォーマット化されたレースは、ケヴァル・パテルのようなHYROXの熱狂的な愛好者のやる気に火を付けてきた。「一貫性があるということは、過去のレースにおける自分自身やほかの選手の成績を比較対象にできるということです。また、コースの不確実性を取り除いてくれるので、純粋に自分のパフォーマンスに集中することができます」

34歳のパテルは、HYROXのイベントをちょっとした休暇に充てている多くの愛好家のひとりだ。「HYROXの参加に向けて旅行することは、モチベーションをさらに高めてくれます。これまでに参加した11のレースのうち、半分は海外でした。都会からのたまの脱出が、今やフィットネスホリデーになったというわけです。この2年間でHYROX関連のアクティビティに2500ポンド（約47万円）は使ったはずですが、これほどの満足感はほかでは得られません」

■多面的にカラダを鍛える新コンセプト

フィットネスの世界では、自分の得意分野を持ち、それに固執するようにと人々を囲い込みがちだ。HYROXはそのような概念を過去のものとし、すべてをこなすアスリートを生み出している。

「HYROXは、フィットネスの意味を再定義しています」と、ギリスは言う。「伝統的なジム文化は、アスリートを“筋トレ派”と“有酸素運動派”に分けがちです。HYROXはそのような考え方を打ち砕き、筋力とコンディションの両方を持ち合わせたハイブリッドアスリートの時代を切り拓きました」

成功したベンチャー企業と同様、HYROXの創始者たちはある隙間需要に気がついた。HYROXにもよく似た、CrossFit（クロスフィット）には埋められなかった隙間である。HYROXが人々に支持された理由はそこにあるとギリスは言う。「このバランス感覚は、CrossFitという競技が完全にはとらえられなかったものであり、だからこそHYROXは業界で圧倒的な存在になりつつあるのです」

「HYROXがCrossFitを追い抜いたのは、一般の人々への訴求力という面にあります。高度な体操技術や極端な重量挙げの経験を必要とせず、一般人にも高いレベルでトレーニングやレースへの参加を可能にしているのです」

■競争相手はあくまで自分

HYROXのマスタートレーナーでレッドブル・アスリートでもあるジェイク・ディアデンは、人の内なる炎に火をつけるのがHYROXの特徴であると説明する。

「たいていの人は自分が参加しようとしているイベントが実際よりも簡単だと思いがちで、そのために必要なトレーニングを怠ってしまいます。そういった人は初めてのHYROXに出場した途端、すぐに謙虚になります。この競技に中毒性があるのはそのためです。もっと上達できるはずだ、もっと多くのレースに申し込もうとね」

HYROXに2度出場したエデン・ソニング（27歳）は、アドレナリンの分泌に病みつきになったと語る。「HYROXは、やると決めたことなら何でもできると教えてくれました。振り返ると、遠くまで来たなと思います。肉体的にだけでなく、精神的にもね。だから、HYROXには感謝しています。ハードで過酷なトレーニングを終えた後の感覚は、ほかでは得られないものです。何度も自分自身に驚かされてきました。ここで得られる精神的なレジリエンスは、ほかとは比べものになりません」

昨年11月にHYROXに初参加したベン・ダイパー（31歳）は、会場にいた人々の粘り強さに目を見張った。「あの日、ひとりの参加者に特に驚かされたのを憶えています。松葉杖で完走した彼は、多発性骨端異形成症だったと後に知りました。なんという男でしょう。このイベントは必ずしも最速を目指すものではなく、自分の体や精神を追い込み、自分自身を相手にするものだということを思い出させてくれました。それぞれに個人的な動機があると思いますが、時間がますます貴重になっているように思える現代社会において、HYROXのような大会は、私たちに日常のルーティンから外れて集中力と情熱を与えてくれるように思います」

■支え合いのコミュニティ

HYROXではコミュニティがすべてである。同じ志を持つ人々がフロアを共有することが、このスポーツの核にあるのだ。「HYROXは、あなたがベストを尽くすことだけを願ってくれる素晴らしいコミュニティに恵まれた、素晴らしいスポーツです」と、ディアデンは言う。「人々は純粋に自分自身を向上させるためにそこにいるのです」

ギリスは、仲間意識が結束を深めてくれると言う。「タフなイベントを一緒に乗り切るという共通の経験は帰属意識を育てます。人々にHYROXを続けたいと思わせる重要な要素です」

HYROXのアンバサダーであるゾーイ・レイにとって、イベントのインクルーシブな性格はエンパワーメントの源だ。「フィットネスに関しては、HYROXに参加するようになってからが今までで一番楽しいですね。参加者にはいろいろな体型やフィットネスレベルの人がいます。ちょっと見学に行くだけで、信じられないような刺激を受けますよ」

イベントではボランティアたちが各所に配置され、参加者を鼓舞してくれる。「私たちの仕事は、イベントの円滑な運営を手助けしながら、コミュニティらしくいいムードを盛り上げることです」と、HYROXのボランティア、バルーク・ラブンスキーは言う。「HYROXの雰囲気はほかのスポーツイベントとは違います。会場内は情熱に包まれ、派閥や比較の話はありません。素晴らしいですよ」

個人プロ、個人オープン、ダブルス、リレーなど、フィットネスレベルに関係なく、どの部門に出場するかは参加者の自由だ。「誰にとっても参加しやすいように、献身的なサポートとともにいくつかの部門を提供することで包括性にコミットしています」と、HYROXのディレクター・オブ・スポーツを務めるミントラ・ティリーは言う。「ソロであろうとチームであろうと、あなたは一緒にレースのスリルを分かち合う、志を同じくする人々の大きなコミュニティの一員なのです」

■誰もが達成できる目標

HYROXの魅力は、誰でも挑戦できること。必要なのは、ワークアウトに慣れることと、しっかりしたランニングシューズに投資することだけだ。

「HYROXは過酷でありながら達成可能というバランスが絶妙で、完走率は98%を超えています」と、ギリスは言う。「1年前には競技参加など考えもしなかったようなカジュアルなフィットネス愛好家たちが、HYROXを真剣に検討するようになっています。また、ほかのスポーツからHYROXに参加するプロ選手も増えており、このスポーツに新たな才能と関心をもたらしてもいます」

「誰にでも門戸は開いています」と、レイは言う。陸軍でのトレーニング経験を持つ彼女は、夫とともにHYROXダブルスに出場し、優勝した。「HYROXでやる体の動きは日常的なものです。レースはそれほどテクニカルではないし、完走は多くの人にとって達成可能な目標です。何から始めたらいいかわからないという人には、いつも『とにかく一度参加してみて！』って言いますね。確かに大変ですが、見た目ほどキツくはありません。コースを終えたときの達成感は、ほかの追随を許さないものです。ただ、ランニングに優先的に集中することを忘れないでください」

ダイパーは、HYROXに挑戦した感想を次のように語っている。「初心者として、それまでやってきたエクササイズの多くが応用可能だったから、ただそこに出向いて参加すればいいと思ったんです。地元のジムでシミュレーションをして、実際に完走できるかどうかを確認し、それからHYROXに向けたワークアウトを始めました。神経がすり減るような思いがしたけど、まあまあのタイムは出ました。謙虚な気持ちになれたし、刺激を受けましたね」

■年齢は問わない

HYROXのInstagramをスクロールしてみると、参加者は彫刻刀で彫ったような腹筋や、最高のコンディションの持ち主ばかりではないことがすぐにわかる。筋金入りのアスリートたちが、60代や70代の参加者と場を共有しているのだ。

ギリスの64歳の父パトリックは昨年、息子とダブルスに出場した。「このような激しいイベントに、38歳の息子と一緒に出場できるチャンスを逃すわけにはいきませんでした。HYROXは、家族や友人と忘れられない経験を共有するまたとない機会を提供してくれます。父と息子、母と娘でチームを組んで一緒に挑戦しようという人が増えるといいですね。将来、ふたりとも『このような機会を得て、一緒に競技に参加した思い出を作ることができて本当に嬉しい』と振り返るに違いありません」

■HYROXはパーティーだ

過酷なワークアウトが楽しく感じられる場をデザインするなど、それだけでも讃えられるべき偉業だ。「HYROXのことを、ミニ・フィットネス・レイブと呼んでいて」と、レイは言う。「会場に入ると音楽が鳴り響いていて、来場者が歓声を上げているのが聞こえるんです。そのおかげで、競争的な要素も怖くなくなるんだと思いますよ！」

「音楽、ブランディング、レースのセットアップから受付プロセスまで、イベントの運営は世界トップクラスだと感じます」と、ギリスは言う。「WWEのロイヤルランブルとエリートレベルの耐久レースを合わせたようなエネルギーですよ。初心者でも、ベテランのアスリートでも、その雰囲気は何かビッグなものに参加しているように感じさせてくれます」

HYROXの未来は明るいということは間違いない。しかし、ディアデンはさらに大胆な期待を抱いている。「いつか、オリンピックの競技に加えられるでしょう」。ときが来ればわかるだろう。

From British GQ

By Olivia Vaile Translated and Adapted by Yuzuru Todayama