Published: 2025-06-12 20:11

『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』主演のノ・サンヒョンが語る、“靴”に隠されたメッセージ

『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』は、自分らしく生きることが“弱み”になると思っているフンスが、親友ジェヒの力を借り、彼の人生を生き始める物語。主演に抜擢されたノ・サンヒョンに役作りや、自身のキャリアについて尋ねた。

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大学で出会ったジェヒとフンス。世間の目を気にせず奔放に生きるジェヒと、ゲイであることを隠しながら孤独に生きてきたフンスは、一見正反対の性格でありながら、お互いにかけがえのない存在となっていく。だが年齢を重ねるにつれ、人生のなかで出会う困難の大きさも種類も変化していき、ふたりの友情にも危機が訪れる──。

国際ブッカー賞とダブリン文学賞にノミネートされたベストセラー、パク・サンヨンの連作短篇集『大都会の愛し方』（日本語訳は亜紀書房から刊行）の収録作「ジェヒ」を原作とするこの映画は、ジェヒとフンスのまばゆい青春の日々から始まる13年間を生き生きと描き、すでに上映された地域の観客から熱烈な共感を集めている。

ジェヒを演じるのは、ドラマ『トッケピ ～君がくれた愛しい日々～』（2016-17）、『ユミの細胞たち』（2021,2022）、『シスターズ』（2022）、映画『破墓/パミョ』（2024）などで、高い評価と人気を誇るキム・ゴウン。フンス役は、世界的に賞賛されたドラマ『Pachinko パチンコ』（2022、2024）で主人公の夫となる誠実な牧師を演じ、一躍注目を集めたノ・サンヒョン（『パチンコ』でのクレジット名は「スティーヴ・サンヒョン・ノ」）。今回の映画で「韓国映画製作家協会賞」と「青龍映画賞」の新人俳優賞を受賞し、ますますの飛躍が期待される彼に話を聞いた。

■フンスを演じるために

──フンスを演じるにあたり、原作はあまり読まないようにしたと聞いています。これはいつもそうしていることでしょうか、それとも作品によるのでしょうか。たとえば『パチンコ』のときはどうでしたか。

『パチンコ』のときは原作の小説を全部読みました。自分が演じるキャラクターの特性上、原作をちゃんと読んで理解しておくことが重要だと思えたからです。一方、今作の場合は原作と映画版で、僕が演じたキャラクターにはかなり違う部分があります。そもそも名前自体、原作では「フンス」ではなく「ヨン」です。だから今回は原作を読むのは参考程度にして、自分が考えたアイディアを反映し、キャラクターを立体的に作り上げていくようにしました。

──フンスを演じるうえで特に難しかった点、注意を払った点は何でしょうか。また、演じるにあたってどのような準備をされましたか。

ゲイであることは、韓国の社会ではまだなかなか受け入れられていません。フンスがゲイであるというこの側面をどう表現するかは確かに気をつけました。実は監督から、フンス役のキャスティングにはかなり時間がかかったという話を聞いていたんです。ということは、僕の前にも何人かの方たちにオファーがいったのかもしれない。その人たちがどういう点で悩んだのかはわかる気がしました。僕自身、脚本をとても面白く読んだ一方で、気にかかる部分はあったからです。

でも最終的に、それはさほど重要なことではないと考えました。この作品で最も中心となっている要素は、ジェヒとフンスの友情だからです。フンスが性的マイノリティであることは、年齢や人種といった、彼のさまざまな属性のひとつだととらえればよいのではないか。そのように考えて演じていくことにしました。

とはいえ、フンスを演じるということは、性的マイノリティの方たちを、ある意味自分が代弁することでもあります。この人たちが嫌な思いをするような表現をしてはならない。作品が出来上がったとき、この人たちが周りから見下されたり、笑いものになったりしてはならない。そのように考えて、正しく表現し、正しく伝えられるように真剣に取り組むことを心に誓いました。

実際にゲイの方たちと会って、いろいろなお話をしました。成長過程でどのようなことを味わったのか、カミングアウトする前はどういう気持ちでいたのか。孤独を感じていたこと、もどかしかったこと、恥ずかしかったことなど、いろいろな感情をお聞きしました。そういったお話を聞くことによって、以前よりも深く理解できたと思いますし、また、正しく表現したいという気持ちをいっそう強く持つようになりました。

■キム・ゴウンのこと、デビュー前のこと

──キム・ゴウンさんが演じるジェヒとふたりでいるシーンには、とても自然で、自発的に見えるやり取りがたくさん見られます。

キム・ゴウンさんとは一度仕事をご一緒したいと思っていましたから、今回ご縁があってとても光栄でした。撮影に入る前に、本読みの場をはじめとして、お互いを理解し合う時間を持つことができました。そして実際に撮影に入ると、序盤からすぐに、どうやら息が合いそうだと感じたんです。台本にないことを自分がやっても間違いなく受け止めてくれる、逆も然りだという信頼感が持てました。それで互いにアドリブをしたり、意見を出し合って演技していくことができたんです。また、俳優同士がそのようにできる土壌を、監督が作ってくださったこともありがたかったです。

──あなた自身についても少し教えてください。アメリカで大学生活を送っていたときに韓国でのモデル活動を開始し、それから俳優デビューされたそうですけれども、俳優業への関心はどのように生まれたのでしょうか。

大学1年のときに、兵役義務のためにいったん休学し、韓国へ戻りました。大学ではビジネスの専攻だったので、芸術のフィールドとは縁がなかったのですが、高校生ぐらいのころから関心はあったんです。韓国へ帰国してから入隊するまでのあいだ、少し時間ができたから何か違う経験ができないかと思い、モデル活動と演技を始めました。先に機会を得られたのでモデル活動から始めましたが、本来は演技のほうにより大きな関心を持っていました。

■『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』の魅力を読み解く

──ではこれが最後の質問になります。『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』は熱狂的な支持を得ていますが、これほどの支持を集めた理由を、ノ・サンヒョンさん自身はどのように考えておられますか。

まず、とても正直に表現されている映画だからではないかと思います。独特のユーモアも織りこまれていて、ライトな作品のように見えながらも、重い内容も含んでいる。そしてまたこの作品は、ご覧になった方に自分自身を振り返るきっかけを与えてくれ、生きること自体について考えさせてくれる映画だと思います。愛情や友情、自分らしさ、人との違いなどについて、洗練された軽やかなかたちで見せてくれる。そうしたことからみなさんに気に入っていただけたのではないかと思います。 すみません、最後のご質問とのことでしたが、事前にいただいていた質問案のなかに、とても興味深い質問があったので答えてもよろしいですか。「靴」についてのご質問なのですが。

──はい、「この映画では靴が印象的に撮られていますが、その意味についてどのように考えておられますか」という質問ですね。【※ 以下、後半の展開に関わる記述が含まれています。ご注意ください】

ご質問をいただいて、確かにそのとおりだと思ってあれこれ考えてみました。たとえばジェヒはウェディングドレスの下に赤いコンバースを履いている。それまで彼女は社会的不利に見舞われたり、暴力を受けたりしてきたのですが、そうしたことを打ち崩そうとする姿勢がここに表われているのだと思います。 するとフンスにとって、グッチの靴が持っていた意味は何だったのか。この靴は、恋人となるスホとのつながりを持つきっかけでした。靴の上に吐いてしまったことで、フンスはスホに物理的な借りを感じることになったのですが、それを返すにはずいぶん長い歳月がかかってしまい、そのあいだにふたりの関係性や互いに対する気持ちもどんどん変化していった。そうした歳月と気持ちの積み重ねが、この靴には重ねられている。靴を返すということは、フンスにとって、スホを送り出すことでもあったのかなと思います。

■『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』

6月13日（金）全国ロードショー ©2024 PLUS M ENTERTAINMENT AND SHOWBOX CORP. ALL RIGHTS RESERVED. 提供：KDDI 配給：日活/KDDI

写真・内田裕介 文・篠儀直子 編集・遠藤加奈（GQ）