Published: 2025-03-07 20:11

『ウィキッド ふたりの魔女』は大人こそ観るべき──心の闇に気づくセラピー映画

シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデがダブル主演した映画『ウィキッド ふたりの魔女』。その華やかでキラキラしたビジュアルから子どものための映画だと思わないでほしい。他人の脚を引っ張ることなく、お互いを心から応援する主人公たちに、日々の生活に疲れた大人こそ心が動かされるはずだ。

【動画を見る】歌唱シーンは事前収録ではなく、生歌撮影。そのパフォーマンス力に圧倒される。『ウィキッド ふたりの魔女』

『オズの魔法使い』の前日譚として生まれた不朽のミュージカル劇『ウィキッド』を原作にした映画版『ウィキッド』。2部構成でまずは第1弾となる『ウィキッド ふたりの魔女』が公開される。シンシア・エリヴォとアリアナ・グランデのダブル主演で、第97回アカデミー賞では作品賞、主演女優賞、助演女優賞、視覚効果賞、編集賞、作曲賞、音響賞、衣装デザイン賞、美術賞、メイクアップ＆ヘアスタイリング賞の計10部門でノミネートされ、注目を集めた。世界各国で記録的なヒットを飾り、ブロードウェイミュージカルの映画化作品としては、歴代最高の全世界オープニング興収を叩き出している。

■明るさの裏に垣間見えるダークな雰囲気

物語は、西の“悪い魔女”エルファバが死んだという知らせが届くところから始まる。色彩豊かで華やかなオズの国に暮らす住民たちは、「悪い魔女が死んだ！　なんて素晴らしいんだ」と喜びお祝いをするが、きらびやかな雰囲気と繰り返し発せられる「死んだ！」という不穏な言葉に、気味悪さを感じるだろう。“善い魔女”グリンダ（アリアナ・グランデ）も住民たちとお祝いをするが、どこか浮かない顔。それもそのはずグリンダはかつてその西の魔女と親友であり、なぜ彼女が“悪い魔女”となったかを知っているからだ。

■誰も傷つけない

時はグリンダと“悪い魔女”エルファバ（シンシア・エルヴォ）が初めて出会ったシズ大学の学生時代に遡る。優しく聡明でありながら、生まれつき緑色の肌を持ち父親や周囲から疎まれているエルファバは妹のつきそいでシズ大学に入学し、魔法の才能を見出される。愛らしいルックスを持ち、誰からも愛されることを望む能天気な人気者グリンダとエルファバは大学の寮でルームメイトになる。のちに“悪い魔女と”善い魔女“となるふたりの魔女の出会いと友情が『ウィキッド　ふたりの魔女』の本筋である。

出会った当初、見た目も中身も大きく異なるエルファバとグリンダは対立する。緑色の肌を持ち、周りから虐げられて生きるエルファバと、恵まれた生い立ちのグリンダの対比は典型的な構図ではあるが、優しく聡明で魔法の才能を持つエルファバと天真爛漫で純粋なグリンダがやがてお互いの違いを乗り越えて心を通わせていく様は素直に心が温まる。ふたりは友情を育む中、オズに隠され続けていた秘密を知ることになり追いつめられていく。広く知られているストーリーはとてもシンプルだ。

ステレオタイプな脚本であれば、美しくないとされる方は心優しく、美しいとされる方は意地悪であることが往々にしてあるが、本作は異なる。ふたりとも良心があり、ふたりとも虚栄心がある。相手を貶めようとはせず、徐々にリスペクトを持ち相手を認めていく過程が見事に描かかれる。

■異なるタイプのふたりの歌い手

今作がここまでヒットしたのは“悪い魔女”エルファを演じるシンシア・エリヴォと“善い魔女”グリンダを演じるアリアナ・グランデの熱演が大きいだろう。それぞれがオーディションを通じ、役に選ばれたことに対して涙を流して歓喜する映像が公開されているが、ともにミュージカル劇『ウィキッド』に強い思い入れがあり、何としてでもこの役を演じたかったという熱意はスクリーンから伝わってくる。舞台『カラーパープル』の主人公セリー役を演じ、トニー賞、グラミー賞を手にしたエリヴォはパワフルで豊潤な歌と複雑で思慮深い演技でエルファバをとても奥深いキャラクターにした。世界的なポップスターであるグランデは初の映画本格進出でありながら繊細さと名コメディエンヌの片鱗を見せ、また普段の歌唱とは違うオペラの歌唱法を身に付け、完璧なグリンダを生んだ。ちなみに今作で通じ合ったふたりは相手への尊敬芯を込めて、エリルヴォァはグリンダのイニシャルの“G”、グランデはエルファバのイニシャルの“E”のタトゥーを脚の裏側の同じ場所に入れているそうだ。

■圧倒的な映像美

エリヴォとグランデを中心にしたキャストの熱演を後押しする映像美も見どころだ。『アイリッシュマン』などでアカデミー賞に三度ノミネートされたパブロ・ヘルマンの指揮のもと、1000人を超える視覚効果アーティストが参加し、2200ショットを超える視覚効果が施された。特に目玉のシーンであるエルファバが歌いながらホウキに乗って飛び回る映像は、エルファバのエモーションが極限にまで達したことがありありと伝わる歌の力も相まって胸を打つ。舞台の臨場感を圧倒的な美術と映像で表現し、これこそ映画館で観るべき映画といえる。映画館からの帰り道はサウンドトラックを聞きながら帰りたくなるはずだ。

■『ウィキッド ふたりの魔女』

3月7日（金）より、全国ロードショー 配給：東宝東和 © Universal Studios. All Rights Reserved.

文・小松香里 編集・遠藤加奈（GQ）