Published: 2025-09-08 11:53

過去と未来を紡ぐ横浜流星の旅路

2011年のデビュー以来、数々の映画・ドラマで脚光を浴び、名実ともに実力派俳優として進化を続ける横浜流星。江戸の情緒が残る浅草寺 伝法院を舞台に、ディオールの最新コレクションを纏った横浜の現在に小説家・増田晶文が迫る。

【写真の記事を読む】2011年のデビュー以来、数々の映画・ドラマで脚光を浴び、名実ともに実力派俳優として進化を続ける横浜流星。江戸の情緒が残る浅草寺 伝法院を舞台に、ディオールの最新コレクションを纏った横浜の現在に小説家・増田晶文が迫る。

映画『正体』で数々の映画賞をかっさらい、NHK大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』に主演、さらには映画『国宝』の大ヒット─。

このところ横浜流星の存在感は増すばかりだ。

美貌という言葉がぴったり、彼の端正なは、充実の日々がもたらす自信に溢れているばかりか、初々しい気負いも見え隠れする。

「撮影現場に入るときは、すっかり役になりきっていたい。そのため前日から体調、メンタルとも整え、万全の態勢でいるように心掛けています」

私が、「昭和の大物俳優に聞かせたいねえ」と混ぜ返したら、流星はすっと眉をあげてみせた。言葉で対応するのではなく、やわらかな視線を投げかけ、小首を傾げて微笑する。生真面目だった表情にユーモアの色が差す。見事な切り返しに私が頷くと、彼はゆるめた頬を引き締めた。

「僕はいただいた役を生きています。演じるんじゃなく、身体も心も役柄に貸さなきゃいけない。僕のちっぽけな経験は排除して、脚本に書かれた人物の人生、生活の背景、愛することの意義、思考回路まで徹底的に追求していきます」

気がつけば、眼つきが違ってくるばかりか、食べ物の嗜好まで変わっているという。

「そこまでやり切らないと撮影に入れません」

彼は肩をすくめてみせた。

「私生活も含めて、もう少し“遊び”の部分がなきゃダメだって言われることもあります。でも、役に生きることで様々な人生を体験できる。表現はおかしいかもしれませんが、歪んだ心やチャラチャラした性格、時には犯罪に手を染める役もあるわけですし、作品世界を生きる体験から、いい意味で“遊び”が生まれるんじゃないかと思っています」

彼の並々ならぬストイシズムは、こんなエピソードからも垣間見える。

「家でもけっこうキチッとした格好でいます。色目は黒が多いかな」

ううむ、なるほど。ちょっとコンビニへ、という時ですら、流星がよれよれのジャージの上下にサンダル履きなんてことはなさそうだ。

ファッションといえば、彼はディオールを華麗に着こなしている。

「秋冬コレクションでは、ゆるっとしたライン、例えばワイドなパンツとか、ざっくりと羽織るレザーのブルゾンなんかが気に入っています。シックでありながらスポーツミックスを感じさせるところは、さすがキム・ジョーンズだと思います」

ディオールのメンズ クリエイティブ ディレクター、キム・ジョーンズはこのコレクションのショーをもって有終の美を飾った。

「彼が働くパリのアトリエにお邪魔しましたし、クリエイティブワークも目の当たりにしています。とりわけ印象深いのはショー。あの世界観には圧倒されました。キムのデザインとディオールのブランドの歴史が見事に調和していました」

そして、流星の視線はモデルたちの立ち居振る舞いに釘づけとなった。

「モデルは個性をアピールするんじゃなく、自分を服に同化させ、服を輝かせていました。これって、僕が目指す“役に生きる”と凄く似ている」

何を着ても、観ても、感じても、すべては役者という大海原に注がれていく。20代最後の年齢を迎える流星の立ち位置がわかろうというものだ。

流星が空手家で、プロ格闘技に進むつもりだったことはファンならご存じだろう。スマートな身体、磁器のように白く艶やかな肌、紅色のぷっくりした唇、エレガントそのものの所作。猛々しさとは対極のルックスが生むギャップも彼の魅力となっている。

「小6の時に原宿でスカウトされ、雑誌のモデルやテレビに出るのもいいなって芸能界入りしました。それでも、すぐまた武道の世界に戻るつもりでした」

だけど、寄り道のつもりが本道になった。

「役者でいこうと本気になったのは、ヒーロー物に出演してからです。高校生時代にレギュラーをいただいた『烈車戦隊トッキュウジャー』の“ヒカリ／トッキュウ4号”役で仕事の面白さを知りました」

共演した4人の若者は同年輩、いずれも演技の経験に乏しい。監督はじめ照明や音声のスタッフまでもが、そんな流星たちに芝居だけでなく、映像制作のノウハウや現場のマナーまで丁寧に教えてくれた。流星はしみじみとした口調になった。

「僕にとってあの番組は役者の学校でした」

アイドル路線も選択肢のひとつだったはずだが、彼は一点だけを見据えていた。

「どうすれば、本物の役者になれるのか。20代前半は、もがき続けていました」

やがて流星は藤井道人、李相日ら才気あふれる監督と出逢い、若手を代表する俳優へ駆けあがっていく。

ヒーロー物に話を戻せば、流星は『仮面ライダーフォーゼ』で、仮面ライダーメテオの親友役に抜擢されている。そのメテオこそ吉沢亮に他ならない。ふたりの初共演、流星が14歳、吉沢は16歳だった。流星の口元が綻んだ。

「吉沢君とは『国宝』で14年ぶりの共演です」

しばし『国宝』についての四方山話に花が咲く。流星の関西弁が流暢だったこと（大阪出身の私の耳にも違和感がなかった）。流星が熱演した梨園名門の御曹司・大垣俊介のモデルは、幕末から明治に活躍した、名女形の三代目澤村田之介ではないか（田之介がで四肢を失いながらも舞台に立ったエピソードに、流星は眼を輝かせ、グイッと身を乗り出してきた）などなど……。

その中で流星はこんなことを打ち明けてくれた。

「僕が演じた俊介はもちろん、吉沢君の役柄で俊介のライバル、立花喜久雄に強い共感を覚えます」

喜久雄の人生は芸道を極めたいという想いに貫かれ、名跡継承の栄光からドサ回りにまで堕ちていっても、一心と一身をもって芝居と対峙する。

「喜久雄の生き方、凄くよくわかるんです。吉沢君の役に素顔の自分を重ねていました」

ふーっ。流星は大きく息をついた。

「でも、喜久雄に比べたら僕はまだまだです」

歴史と伝統の橋渡し

2025年の流星を語るには、蔦重こと蔦屋重三郎を演じる『べらぼう』を外すわけにはいかない。18世紀後半、江戸のメディア王と呼ぶにふさわしい活躍をした稀代の本屋─。私は蔦重の生涯を小説などで4回も描いてきた。それだけに蔦重を演じる流星が気になって仕方ない。

「時代劇はメイクに2時間近くかかります。メイクルームへ入る前に8割ほど蔦重をつくっておき、のズラを被り、和服に着替える間に残りの2割をこさえ、スタジオ入りする時には江戸のポップカルチャーを牽引した本屋に成り切ります」

ドラマでの“蔦重＝流星”は明朗かつ前向き、はっちゃけぶりがまぶしい。近年は陰鬱で複雑な人生を背負った難しい役柄が多かった流星だけに、見事なイメージチェンジぶりだ。

「どうして明るい役が回ってこないのかなって考え込むこともありました。それだけに、コミカルな部分も含め蔦重は新しいチャレンジ、粋な江戸っ子を演じるのが楽しくてなりません。何より、役者としての幅が広がるのがうれしいんです」

今後の蔦重のイメージは、流星のハツラツとした演技を念頭に語られることになるだろう。

将来についても流星の姿勢は明瞭だった。

「主演や大看板の扱いでなくても、やりがいのある役なら助演や端役だろうと構いません。監督やスタッフ、共演者も大事だし、何より僕がどれだけ役に同化できるかがキーポイントになります」

真田広之が『SHOGUN 将軍』でやり遂げたエポックのように、流星もいずれ海外を意識するのか─そのことを問うと、彼の瞳に焔が立った。

「ああいう仕事はぜひやってみたいです」

でも、と流星は但し書きをつけてみせた。

「ハリウッドに招待されるのもいいですが、日本のスタッフと役者が、日本語で、日本を舞台にした作品で勝負したいです。僕らが世界を相手にする日は、すぐそこにまで来ていると思います」

紺青の大空に向かい、すっくと立つ若樹─横浜流星は伸びやかに枝をひろげ、みずみずしい青葉を繁らそうとしている。

横浜流星／Ryusei Yokohama 1996年生まれ、神奈川県出身。2011年に俳優デビュー。映画『流浪の月』で日本アカデミー賞優秀助演男優賞、『正体』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』で主人公、蔦屋重三郎役を好演中。来年公開予定『汝、星のごとく』がクラインクイン。

浅草寺伝法院 1777年に建立された客殿や大玄関から成る浅草寺の本坊にあたる伝法院。参拝者で賑わう仲見世の西側に、池の周囲に小径がめぐらされた閑静な「廻遊式庭園」が広がっている。不定期で特別公開される。

MASAFUMI MASUDA 小説家。1960年大阪府生まれ。“果てなき渇望”をテーマに様々なスタイルの作品を発表している。歴史、時代小説の代表作に『稀代の本屋 蔦屋重三郎』『たわけ本屋一代記』『楠木正成 河内熱風録』がある。

PHOTOGRAPHS BY TARO MIZUTANI STYLED BY YOSHIYUKI KITAO HAIR STYLED & MAKE-UP BY AKIHITO HAYAMI WORDS BY MASAFUMI MASUDA