Published: 2025-09-06 09:10

昆布の王様、羅臼昆布が消滅の危機？今年の生産量は？昆布漁師に訊いた

温暖化の影響で消滅が危惧されるのが、北海道の知床で生産される「羅臼昆布」。世界が注目する”昆布の王様”について、だし愛好家の梅津有希子が昆布関係者に訊いた。

【写真を見る】今年の昆布漁の様子は？

1964年に国立公園に指定されてから60年、そして、2005年の世界遺産登録から20周年を迎えた北海道・知床。この「知床国立公園60周年・世界遺産20周年」を記念し、2大アウトドアブランドSnow Peak（スノーピーク）とTHE NORTH FACE（ザ・ノース・フェイス）が知床に集結する。

9月6日（土）、7日（日）に開催される、両ブランドと羅臼町・斜里町・環境省・知床財団がコラボレーションした特別イベント「SHIRETOKO Adventure Festival 2025」。海、川、森の生命のサイクルがもたらす豊かな恵みの地・知床で、アウトドア映画祭やワークショップ、トークイベントなどを通じ、アウトドアの魅力がたっぷり詰まった学びのある2日間だ。

ところで知床とはどんな土地なのだろうか。おさらいしてみよう。冬になると流氷が接岸し、小魚のエサとなるプランクトンが豊富な知床の海には、これらの小魚をエサとするクジラやトド、アザラシなど、さまざまな生き物が生息している。その豊かな海を回遊し、栄養をたっぷり蓄えたサケやマスが、産卵のためにふるさとの川を遡上し、ヒグマやオジロワシなど陸に住む動物たちの貴重なエサとなる。動物たちの死骸や糞はやがて土に還ることで草木の養分となり、豊かな森が育まれる。さらに森の木の葉や枯れ葉が再び土に還ると、雨や雪解け水によって川や海へと流れ、海の動物たちの栄養分に……。このように、海と陸の命が循環しているのが、知床の生態系なのだ。

猛烈な暑さが続いた今年の夏、干ばつや森林火災、野菜の生育不良など、国内外でさまざまな影響があったが、知床も例外ではない。日本の昆布生産量の約95％を占める北海道、なかでもオホーツク海の水温上昇により消滅が懸念されるのが、知床で生産される「羅臼昆布」である。「羅臼昆布」は、高品質と希少性に加え、ほかの昆布よりも製造工程が多く、サイズの大きさもあって、”昆布の王様”とも称される。

週刊水産新聞によると、北海道漁業協同組合連合会は、北海道昆布事業協同組合の総会で、本年の道内コンブ生産予想を1万1400トンと発表。過去最低を大幅に更新した昨年度の実績8213トンに比べ、4割増と回復したが、過去10年平均（1万2978トン）比では1割ほど下回り、今季も低水準の生産が見込まれている。

今年の羅臼昆布漁は7月22日から約1カ月にわたって行われた。解禁日である7月22日、晴天の下約130隻の船が勢いよく出漁。羅臼昆布漁の解禁日は「かぎおろし」と呼ばれ、漁で使う先端が二股に分かれた棒状の道具「かぎ」を下ろして漁を始めることから、このように名付けられたという。

熱中症警戒アラートが出ると出漁することができないが、異常な暑さに見舞われた今夏、例年なら涼しいはずの羅臼も例外ではなく、解禁翌日にはアラートが発表されて早くも休漁になったそうで、温暖化は昆布にもさまざまな影響を与えている。

“だし愛好家”として活動する筆者宅の冷蔵庫には、麦茶ポットに入れた水出しによる昆布だしを切らしたことがない。北海道の代表的な昆布である、羅臼、利尻、日高、真昆布の4種を料理によって使い分けているが、最近は濃くしっかりとした味わいの羅臼の出番が多い。かつおだしや煮干しだしにプラスし、うま味の相乗効果をフルに発揮した合わせだしで、みそ汁やポトフ、煮込み、鍋物などを作る日々。和食だけではなく、洋風や中華風などどんな料理にも昆布だしを使用しており、とにかく昆布がないとわが家の献立は成り立たないのだ。

かつて「世界のベストレストラン50」で世界一に輝いた伝説的なレストランNOMA（ノーマ）が大量の羅臼昆布を使っていたことはおなじみだが、近年ラーメン業界で人気の昆布水つけ麺に濃厚なだしが取れるという理由で羅臼昆布を使うラーメン店も増えている。

そんな羅臼昆布の現状が心配になり、羅臼昆布漁歴30年のベテラン漁師に話を聞いたところ、このような答えが返ってきた。

「5年くらい前から、『たしか、ここにはあったな』という漁場に昆布がいなくなっていて、揚がらなくなってきています。昆布は2年で大きく成長するので、去年や今年の昆布がどのくらいあるのかはわかるのですが、冬の流氷が昆布の周辺に居座り、日が当たらなくなったり、何日も海が荒れて、浜に近い昆布はちぎれてもっていかれたりします。さらに、1年目で胞子が死んでしまっているような気もしますね」（羅臼昆布漁師）

とにかくこの温暖化で生育状況が読めず、「来年は良さそう」と思っていても、冬の天候や流氷、海水温度などで変わるといい、昆布漁師の方たちも、毎年漁の時期になって初めてわかる、という状況だという。

採取される昆布は大半が2年もので、十分に成長したものが店頭に並ぶ。昆布の約90%が北海道で獲れるが、近年の昆布事情について、大阪の昆布業者は次のように話す。

「北海道の昆布は、温暖化や海流の変化の影響で全体的に減少傾向にあり、羅臼も例外ではありません。他の地域では、利尻は特に質の良いものが少なくなってきており、日高は量が減少。価格も高止まりしています。南茅部などの真昆布もやはり減少傾向で、加工筋からの需要に対して供給が追いつかない状況です」（大阪の昆布業者）

近年、かつお節や昆布でだしをとる家庭は多くないが、昆布の漁獲量の減少も手伝って供給が追いついていない状況だという。どういうことだろうか？

「家庭でだしをとったり、昆布を炊いたりする習慣は残念ながら減っていますが、だしパックや加工食品など、便利に使える形での需要はむしろ伸びています。特に、『手軽さ』と『健康志向』が重なっているという点では追い風になっており、伝統的な使い方が減る一方で、新しい形で昆布の需要や役割は形を変えて続いているとも言えます」（前出の昆布業者）

雄大な自然に育まれた北海道だから生育できる昆布。今回の記念事業を通じ、良質な自然体験と、持続可能で価値のある知床の魅力や重要性をあらためて知ることで、次世代に継承する機会になるはずだ。

SHIRETOKO Adventure Festival 2025

開催日：9月6日（土）、7日（日） 会場：北海道・斜里町＆羅臼町 知床自然センター・羅臼オートキャンプ場

主催：SHIRETOKO Adventure Festival 実行委員会羅臼町・斜里町・株式会社スノーピーク・株式会社ゴールドウイン・環境省釧路自然環境事務所・公益財団法人知床財団

文・梅津有希子 編集・神谷 晃 AKIRA KAMIYA（GQ）