Published: 2025-03-07 19:42

「知らないだれかさんへ」 書店に届く手紙が人と人をつなぐ

大阪市内にある書店。ここには、赤いポストと「手紙」が置かれています。

「人間関係に悩んでいたけど励まされた。勇気が欲しい人におすすめ」
「自分の存在を認められずに生きてきた。この絵本が背中を押してくれた」

書いたのは本を購入した人たち。
なぜその本を選んだのかや読んで何を感じたのかなどを手紙に書き、投かんします。手紙は店内に飾られ、訪れた人は自由に読むことができます。

手紙には、どんな思いが込められているのでしょうか。

（大阪放送局 カメラマン 奥原彩葉）

自分や誰かに贈る絵本 大阪・中央区にある書店。
ここには絵本を中心に、およそ2000冊の本が並んでいます。

店主のチエさん（52）は、「贈り物にこそ本を」というコンセプトで2年前にこの書店をオープンしました。

しかし、ふたを開けてみると、自分用に絵本を購入する人が多く訪れるようになったということです。 入り口に置かれているのは、赤いポストと手紙。 「知らないだれかさんへ」

その一文から始まる便箋をこの店では本の購入者に手渡します。

チエさんはインターネットでも本を購入できる時代だからこそ、わざわざ足を運んできてくれたお客さんには、より手触り感のある体験をしてもらいたいと考えています。 書店「の君に本を」 店主 チエさん
「私自身、本をプレゼントするときに手紙を添えていました。『どういう思いでこの本を選んだか』ということを書くことでより本からのメッセージを感じてもらうことができるのではないかなと思い、書店を開店するときにも手紙を書いてもらうようにしました。手紙を書いて、誰に届くかわからないけれど誰かに届けと言う思いでポストに手紙を投かんしていただいているのではないかなと思います」 「知らないだれかさん」に向けた500通の手紙 本を購入した人は、その場で手紙を書く場合もあれば、後日手紙を届けにわざわざ足を運ぶ人もいます。

これまでに届いた手紙はおよそ500通。
どんなことが書かれているのか、読んでみると… 「知らないだれかさんへ、きょうね、最近疲れ気味の君に、あつかったらぬげばいい、という本を贈ったよ」

「自分の中にある、誰かの中にある孤独感に共感しました」

「女性の力強さと前向きさ、とてもかっこ良くて…その様な女性になりたいなぁ…」 投かんされた手紙は店内に飾られ、誰でも読む事ができます。
その手紙を読んで本を選ぶ参考にしている人もいるといいます。 書店を訪れた人
「手書きということもあって、人が書いたことがわかるので身近に感じておもしろいです」

「こういう気持ちで自分は本を選んでいるということを自覚できるというか、再発見できるようなところがおもしろいなって思います」 手紙が思いをつないで この店を訪れたことで、自分の気持ちを見つめ直した人がいます。
愛知県に住む吉川玲緒奈さん（24）です。

絵本がたくさんあり、絵本に詳しい店員がいる書店を探していたところ、この店を見つけました。

この日は1時間以上かけて、3冊の絵本を購入しました。 吉川玲緒奈さん
「地元の書店だと扱ってる絵本が少ないので、この書店には絵本がたくさんあってわくわくしました。手紙が置いてあるのがとてもすてきで、手紙を通してほかの人の意見や思いを見れるのがいいですね。気分が沈んだときに絵本を読むことも多いのですが、きょう選んだのは自分を肯定してくれるような本が多かったですね」 吉川さんは、購入した『チョウになりたい』という絵本の感想を手紙に書くことにしました。

この本は、チョウが大好きな男の子の話です。
自分で作った大きな羽を身につけて、チョウになりきって踊るのが大好きな男の子が、時に周りにからかわれながらも自分の「好き」を貫きます。

この本を読んだ吉川さんは、絵本と自身の経験を重ねたといいます。
学生時代、自分の気持ちを素直に伝えることが苦手で、周りとなじめずにいました。大好きな演劇の話をすることができずにもどかしさを感じていました。 吉川玲緒奈さん
「自分が好きなものとか、かなえたいもののために悩んだり頑張ったりする姿が愛らしくて、自分もこういう風になれたらいいなとか、もうちょっと頑張ってみようと思える話でした。あんまり自分の『好き』を話すと、もういいよって言われるかなとか、微妙な顔されるかなとかそういうことばかり考えてしまって素直に自分の思いを話せないので、変えたいと思ってこの絵本を選びました」 支えてくれたのは “絵本” 吉川さんが絵本を読むようになったのは、20歳になったころ。

その2年前。
高校3年生のときに、心のバランスが崩れました。
もともと体調を崩しやすかった吉川さんは、高校生活の中で毎日、時間通りに行動することが精いっぱいでした。

そして、秋のある日、限界を迎えました。 体に力が入らず、ベッドから起き上がることや、ドアを開けることが難しくなり、しまいには学校に行くこともできなくなってしまいました。

うつ病と診断されました。

高校を卒業したのち、夢だった舞台に立つため専門学校に通い始めましたが、吉川さんにとっては体力的に厳しく、学校を退学。

舞台に立つという夢は諦めなければなりませんでした。

退学後は実家で家事の手伝いなどをしていた吉川さん。大好きだった小説を読む事もおっくうになっていた中で出会ったのが絵本です。 吉川玲緒奈さん
「体力的にもしんどくてベッドでずっと寝ている日々が続いたときに絵本に出会って、絵だけでも読めるし、文字もそんなに多くないから自分的には疲れなくて。温かい気持ちになったり、安心できることばや絵の柔らかさを感じて楽な気持ちになります」 つらいときに寄り添ってくれた絵本。

吉川さんは今回、購入した絵本を絵本について、手紙を書きました。 好きなことを迷っているゆうじゅうさんへ

あのときこうしていれば…。

みたいなことももう一度やってみたいと思うことができたよ。 手紙には、自分の好きなことを諦めたくないという気持ちが込められていました。 夢を新たな形に 絵本との出会いをきっかけに、吉川さんは新しい挑戦を始めました。

自身の経験をもとに、絵本を描き始めたのです。

かつて自分が励まされたのと同じように、誰かのそばに寄り添える絵本を描きたいと考えています。 吉川玲緒奈さん
「諦めてしまった夢とか人間関係とかをもういちど頑張ってみようみたいな、そういう絵本を描いています。手紙を書くことで、自分の好きなものが大人になってもまだ残っているんだってことをもう一度確かめることができました」 絵本には、うつ病と向き合う中で得た気付き、うまくなじめなかったけど友達になりたかった人や迷惑をかけてしまった人たちへのメッセージが込められています。

吉川さんの部屋には、絵本で使うたくさんの画材や物語のアイデアがびっしりと書かれた壁紙が置かれていました。

これまでつくった絵本は3冊。コンテストにも応募しています。

今後は、大好きな舞台を題材にした絵本を描こうと考えています。 手紙に込められる思い きょうも書店のポストには、手紙が届けられています。 「がんばらなくてもいまのあなたでじゅうぶんステキだよ」

「自分の存在を認められずに生きています。でもこの本を読んで幸せってこういうことなんだ、これでいいんだなと思いました。今後何度も何十回何百回と読み返し続けたい一冊になりました」

「子どもの頃どうして亡くなった父がこの本を贈ってくれたのか今ではわかる気がします。父の心を受け取った気分。お父さん、私を思ってくれてありがとう」 すてきな本との出会いの場。

思いのこもった手紙が人と人をつなげます。

（11月29日「ほっと関西」で放送）