Published: 2025-04-17 12:05

「最近の若者は……」と言う前に。今、問われる人材育成と新時代のリーダーシップ【GQ VOICE】

現代は本当に世代間のギャップが存在するのか？  新入社員が入社し、コミュニケーションに悩む人も多いこの時期、Z世代層の育成が困難だと言われる本当の理由やマネージメントの現状を可視化することが大切だ。若者研究の専門家・古屋星斗が職場における新しいリーダーシップとコミュニケーションのあり方を説く。

【写真を見る】若者研究の専門家・古屋星斗が人材育成を考える上で役立つ本とマンガをおすすめしてくれた。

若年者のキャリア形成や人材育成を研究領域とする古屋星斗によると、「最近の若者は……」という常套句は、実は古代ギリシャ時代から受け継がれているという。哲学者アリストテレスが『ニコマコス倫理学』の中で若者を厳しく評したように、この手の言説は何世紀も前から使われ続けてきた。そして近現代においても、1970年代の週刊誌で「最近の若者はすぐに会社を辞める」と嘆かれたり、1980年代のビジネス誌で「上司が挨拶しても部下が返事をしない」と報じられたり。つまり、若者への違和感や“世代の断絶”は新しい話題ではないのだ。

こうして多くの人が悩む“ジェネレーションギャップ”だが、実際に若者の意識や価値観を調べてみると、10〜20代と30〜40代とでは統計的にほとんど差がないというデータも出ている。ワークライフバランスや結婚観など、多くの点で「年齢による価値観の差」は縮小しているという。ではなぜ「最近の若者はわからない」といった声がいまだに絶えないのだろうか？ その理由はさまざまだが、大きなポイントは「職場が大きく変わったからだ」と古屋は指摘する。それも、労働法改正による不可逆的な変化だ。||◼︎労働法改正がもたらした不可逆的な変化

ここ数年のうちに職場環境が大きく様変わりしたのには、主に3つの要因が挙げられる。1つは、労働時間の短縮。2019年に働き方改革関連法が施行され、時間外労働の上限規制により深夜に及ぶ仕事や長時間勤務が厳しく制限されるようになり、昔と比べて残業が減った。その変化は大いに歓迎されるが、同時に、同僚や先輩・後輩との雑談の機会が減少し、コミュニケーションの総量が激減している。2つ目は、リモートワークとデジタルツールの普及だ。特にコロナ禍を機にリモートワークやテレワークが推奨され、SlackやZoomなどのオンラインツールが活用されるようになり、直接顔を合わせず業務を完結できる場面が増えた。場所を選ばない働き方は便利である一方、相手のまとう空気感や企業の文化を感じ取ることが難しく、人間関係の構築は至難の業だ。そして3つ目は、ハラスメントが法的に強く取り締まられる時代となったこと。2020年に大企業へ、2022年に中小企業へ労働施策総合推進法（通称：パワハラ防止法）が適用された。これは職場の健全化を推進し、すべての労働者が尊厳を持って働ける環境を整える重要な一歩だ。しかし、指導とハラスメントの境界が曖昧なため、管理職が萎縮してしまうケースも少なくない。

これらがポジティブな変革であることは間違いないが、同時にコミュニケーションの土台を揺るがしている。「現代の『最近の若者論』は、実は昔からある話なんです。『若者は飲み会が嫌い』『上司の武勇伝は疎まれる』などの一般論にとらわれず、目の前の個人として向き合うことが重要です。若者を“理解できない存在”と決めつけ、コミュニケーションが減れば減るほど、お互いに誤解が生まれ、さらに対話の機会が失われるという悪循環に陥ってしまいます。結果として、上司と若手の関係性が希薄になり、職場の一体感が失われてしまうのです」||◼︎育成成功率が高いのは、「変な上司」

では、こうした変化の中で若手とのコミュニケーションを円滑にし、育成を成功させるにはどうすればよいのか？ 古屋が挙げるキーワードは、「変な上司」だ。

「趣味が多く、社外にもさまざまな人脈やネットワークを持つ、いわゆる“変な上司”ほど、若手にとっては魅力的なんです。雑談の種が豊富で、仕事以外の話題でも声をかけやすい上司は、結果的に信頼を得やすく、育成にもプラスに働きます」。また、コミュニケーションは“長さ”より“頻度”が大切だという。「『1カ月に1回の1時間面談』よりも『毎日の2分の雑談』のほうが遥かに部下の育成に効果的。時間をとってしっかり話すことも大事ですが、それよりも意識的に一言でも話す。話のネタはなんでもいいんです」

そもそも、管理職層が一対一で若手の面倒を見るという構造にも無理があると古屋は指摘する。リモートワークや情報化社会が進むなか、管理職の業務量は増え続けている。さらに、ハラスメント研修など新たな責任を担うことも多い。だからこそ、管理職も「無理です」と言っていい。

「日本企業は、1人の上司が数名の部下を育成するという前提が根強い。しかし今はそれでは回らなくなってきています。合わない部下に無理やり指導しようとしても、お互い辛いだけ。そこは“ナナメの関係”を活かして、別の先輩や他部署の社員、あるいは社外のメンターなど、多面的に人を育てる仕組みが必要なんです」

そのため、育成の責任を担う“キャリアデベロップメントマネージャー”を設置する企業も増えている。また、部長や課長の中でも、数値目標の達成に専念する人と育成に特化する人に役割を分担するケースも増えている。こうした組織設計は、若手の定着率向上だけでなく、イノベーションの起点となる可能性も高い。

実は日本企業は昔から、運動会や社員旅行などで社内の横のつながりを育んできた。90年代には当たり前のように行われていた行事も、現在は「プライベートを大切にしたい」「週末に集まるのは難しい」との声で急激に減少。コミュニティとしての職場の機能が失われつつある。

「ただ、最近ではサウナ部や登山部を結成し、仕事とは別にコミュニティをつくっている企業もあります。そこから新しいリーダーが出てきたり、異部署間のコラボが生まれたりと、予想以上の効果を上げる例もあるんです。会社組織はひとつの社会ですから、上司と部下という縦だけでなく、ナナメや横のつながりをデザインする発想が大事だと思います」

つまり、良いキャリアマネージャーは、良いコミュニティオーガナイザーでもあるのだ。組織に柔軟さが求められている今こそ、「最近の若者は……」と嘆くよりも、「職場というコミュニティをどう再構築するか」を考える時期に来ているのかもしれない。変化の中でも、人と人の信頼関係はゆっくりと、確実に育まれていくはずだ。

古屋星斗／SHOTO FURUYA

若者研究者・リクルートワークス研究所 主任研究員。一橋大学大学院修了後、経済産業省へ入省。その後、現職へ転職し、労働市場の分析や若者のキャリア・働き方、人材育成に関する調査研究を専門とする。データ分析と現場での実践を組み合わせ、企業や行政への提言を行う。著書に『ゆるい職場』『会社はあなたを育ててくれない』『「働き手不足1100万人」の衝撃』など。