Published: 2025-09-12 19:40

大沢たかお「犠牲を払えない人に成功はないと思っています」──映画『沈黙の艦隊　北極海大海戦』は9月26日公開

映画『沈黙の艦隊　北極海大海戦』が9月26日に公開される。本作で主演とプロデューサーを兼任する大沢たかおが、人生の“選択”の数々を回顧した。

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9月26日に映画『沈黙の艦隊　北極海大海戦』が劇場公開を迎える大沢たかおは、本作で主演だけでなくプロデューサーも兼務。映像化にあたっては、原作者・かわぐちのもとに自ら足を運んでプレゼンを行い、防衛省や海上自衛隊に協力を要請するなど実現に奔走したスピソードはご存知の方も多いだろう。

一方で、その威光ばかりに目を向けて彼という人間そのものに踏み込んでこなかったのではないか──という反省から、神格化も偶像化もせず、いち表現者として、生身の大沢たかおに迫りたいという取材テーマを告げると、映画少年時代を振り返りながら、現在に至るまでの“選択”の数々を語り始めた。

『沈黙の艦隊』や『キングダム』のような長期企画に携わるとなれば、その間にほかの仕事を制限しなければならない場面も少なくないだろう。『沈黙の艦隊』ではプロデューサーも兼ねるなら尚更だ。各方面から引っ張りだこの状態で不安はなかったのか？と尋ねると、大沢は首を振った。

「僕はお陰様で奇跡的に出合えていますが、本当に凄い作品との出合いは10年に1本あればラッキーだと思っています。『沈黙の艦隊』にかかった3～4年の期間を使って、5・6本の映画を撮ったとします。“やった感”は確かにあるかもしれませんが、2本も3本も“凄かったね”とはなりません。1本あればいいほうだと思っていますし、だったらその1本に自分のエネルギーをすべて注いだほうが悔いを残しません。

『沈黙の艦隊』も、1作目が失敗していたら次はありませんでした。全力でやりきった結果として続編の製作が決まったわけで、Amazonも僕たちももっと成功させなければならないという覚悟を持ち、さらなるハードルを課して臨みました。そういった意味では、今回もあくまで“1本”なのです。もし数が重要なのだったら、ダニエル・デイ＝ルイスはどうなるの？という話になってしまいますから」

大沢が名を挙げたのは、『マイ・レフトフット』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』『リンカーン』でアカデミー賞主演男優賞を3回受賞している名優だ。何度も俳優業を休業・引退しており、納得できた作品に巡り合えたときのみ復帰するスタンスを貫いている。

オスカー候補に選出された『ギャング・オブ・ニューヨーク』『ファントム・スレッド』も含めると、寡作ながら驚異的な打率を誇る人物でもある（2025年には息子ローナン・デイ＝ルイスの映画監督デビュー作『Anemone』で8年ぶりの復帰を予定）。

大沢は「良い悪いは置いておいて、それだけ彼はひとつの作品にすべてを懸けています。そのためには当然、ほかを切り捨てなければいけない。その犠牲は恐怖ではあるけれど、犠牲を払えない人に成功はないと僕自身も思っています」と言い切った。

実は大沢自身、NHK大河ドラマ『花燃ゆ』（15）に出演して以来、「良いパフォーマンスができない気がした」と約2年間休業していた過去をもつ。そんなときに舞い込んだオファーが、後に『沈黙の艦隊』でも組むことになる松橋真三プロデューサーが名を連ねた『キングダム』だった。

「何本もやったって、自分の表現が薄くなるだけ。記憶にも残りませんし、それで評価されてもうれしくありません」というスタンスの大沢が、似た者同士なデイ＝ルイスにシンパシーを抱くのは自然な流れだっただろう。妥協するくらいなら自分はやらない──。『沈黙の艦隊』実写化プロジェクトへの参加を決めたのも、自身の信念に合致したからに他ならない。

「僕は仕事でもプライベートでも世界中を回ってきましたが、かつてはどこに行っても日本製品が選ばれていたり日本企業の看板を見かけていたものが、だんだんとそうではなくなっていく過程を目にしてきました。

国力の衰退や安全保障の問題も含めて“自分たちのいる場所が今後どうなっていくんだろう”と考えていたのですが、日本の未来、それどころか土台が不安定になってきた中でのエンターテインメントの在り方について松橋さんたちと意見を交わしていたときに、『沈黙の艦隊』が今の時代にぴったりという話が出たのです。

当時はウクライナとロシアがまだ戦争を始める前で、こうした題材に対して世間的な関心は決して高くはなく、少し距離もあったかと思います。我々としては根底に深いメッセージは込めつつも、あくまでエンタメとして届けようとしていました。僕たちは人々に感動を届けるのが仕事ですから」

社会情勢が加速度的に不安定感を増していく中、最新作『沈黙の艦隊　北極海大海戦』が公開を迎える。

「原作の発表から約30年が経ったいま、シビアな有事のなかで公開されることに複雑な想いはあります。ここで描かれる内容は本来、エンタメの中だけで終わるべきことですから」

プロモーションの一環のインタビューではあれど、大沢が紡ぐ言葉には誇張も虚飾もない。表現者としての責務を全うしつつ、自分が納得できるものづくりに邁進したいという純粋な情熱が強く感じられる。近年、プロデューサーも兼ねる俳優が国内でも増えてきた傾向について意見を求めると「何でもやれる人はやるべきだし、監督兼プロデュースでも、プロデュース兼出演でも、どんなやり方でもありだと思います」と肯定しつつも、こう付け加えた。

「成功しないといけません。僕たちはプロですから『楽しくやりました』『トライはしました』では済まされません。趣味でやっているわけではないですから、失敗したらその代償を払うことになります。ポジションが倍になれば、当然責任も倍になり、代償も比例して大きくなるもの。僕自身、失敗した時のこの業界の冷酷さは身をもって理解しているつもりです。その覚悟をできるならば、皆トライするべきだと思います」

本気で向き合っているからこそ、リップサービスなどは行わない。代表作の1つである『世界の中心で、愛を叫ぶ』を例に挙げ、成功を掴むための“犠牲”について続ける。

「予算は決して多くない作品でしたから、現場では毎日のようにカメラマンや監督が『もっとフィルムが欲しい』とプロデューサーに直訴していて、お金がない中でも執念深く朝から準備している照明さんたちスタッフの姿も見ていました。

そして、長澤まさみちゃんは次の仕事ができなくなるのもいとわずに本人の希望で髪の毛を全部剃った。森山未來くんも僕と顔が似ているから起用されたと言われた悔しさをバネにしていて、みんながみんな何かを犠牲にして作り上げた作品でした」

2004年に公開された映画『世界の中心で、愛をさけぶ』は、興行収入85億円、観客動員数620万人を記録し、この年の実写映画No.1になるなど、大ヒットを記録した。

「これはどんな現場を見ていても思うことですが、成功を収めた作品は例外なく、相応に大きなものを失っています。『沈黙の艦隊』のような作品は長期戦になりますし、かかる予算も莫大で、責任も付きまといます。“すみません失敗しました。また次頑張りましょう”と言える額ではありませんから。それでいて、関わる皆が様々なものを犠牲にしないといけない。しかし不思議なもので、それと引き換えに特殊で強烈なエネルギーが宿り、お客さんの心を捉えて離さない“何か”が生まれるのです」

「代償を恐れる人間に、成功は舞い降りない。他人様はわからないけれど、僕のキャリアの中でそれだけは変わりません」と結んだ大沢。何かを得るため、何かを失う──。豊富な経験則を基にした人生哲学は重く、身体の髄にまでずしんと響く。『沈黙の艦隊』の成功は、決してラッキーパンチなどではない。筆舌に尽くしがたい犠牲の等価交換があったのだ。俳優・大沢たかおはこれまでも今日も、そんな過酷な世界で生きている。

この後は、「銀座と池袋と新宿を回る映画チラシ少年でした」という大沢たかおが、GQ HYPEの一問一答に答えた。