Published: 2025-09-09 20:10

『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』主演の西島秀俊が語る、嘘をつかない演技と言語を超える映画愛

オールニューヨークロケで撮影された、日台米の合作映画『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』。主演を務めたのは西島秀俊。映画をこよなく愛し、映画監督からも愛される西島が、共演したグイ・ルンメイの演技、真利子哲也監督の眼差し、海外での撮影のことなどを穏やかに熱く語ってくれた。

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黒沢清や濱口竜介、北野武ら世界的に評価される監督たちの作品世界で悠然と泳いできた俳優・西島秀俊。海外のクリエイターとのコラボレーション作にも積極的に出演してきた彼だが、2021年の映画『ドライブ・マイ・カー』を経てハリウッドのタレントエージェンシーCAAと契約して以降、その動きがより活発になった。Apple TV＋のドラマ『Sunny』(24)に続きA24製作映画『Enemies（原題）』、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の新作『Her Private Hell（原題）』に出演が発表されるなど、その活躍の幅は拡張し続けている。その彼が、『宮本から君へ』(19)以来6年ぶりの長編映画を制作した鬼才・真利子哲也監督と組み、オールNYロケを実施した日本・台湾・米国合作『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』に導かれたのは、必然だったのかもしれない。

西島は今回、NYの大学で建築の研究を行う助教授・賢治に扮した。人形劇団のアートディレクターである妻・ジェーンとはすれ違いが続き、一人息子が誘拐されたことで夫婦仲が決壊する。セリフの9割が英語というシチュエーションだったが、本人は「現場で英語のダイアログコーチが、発音の正確さだけでなくキャラクターの解釈についても一緒に話し込んだうえで発音の指導をしてくれました。実際現場に入ったら、ロケ地や、多国籍なスタッフだったこと等々、日本での撮影との違いは、あまり気になりませんでした」とこともなげに言う。その主だった理由の一つは妻役のグイ・ルンメイにあるという。

「ルンメイさんは1カ月半全く気を抜かずに役作りに没頭されていました。素晴らしい俳優さんが常に本物の感情を見せてくれていたのは本当に幸運でした。演技に嘘をつかない人がずっと目の前で自然に演じてくれたことが、大きな助けになったんです」

『薄氷の殺人』(14)や『鵞鳥湖の夜』(19)で知られる台湾出身の俳優による表現技法を至近距離で体感できた悦び――。西島は嬉々として、ルンメイとの共演の想い出を語る。

「実際に対面する前にオンラインで本読み（台本の読み合わせ）を行いましたが、そのときから彼女は演技だからといって嘘をつきませんでした。例えば監督から“もう少し声を張ってほしい”と要望があったとして、ルンメイさんはご自身の中で考えて消化してから、ほんの少しだけ音量を上げていました。 “そう言われたから”と簡単に形だけ合わせるような演技をしない方なのです。だからこそ、本気で感情をぶつけるときは凄まじい熱量でした。僕自身が理想とする『こういう俳優になりたい』という姿をまさに実践されていて、毎日感動しながら撮影をしていました」

■映画人・西島秀俊が見つめる真利子哲也監督

“嘘をつかない人”とは、西島もそうだろう。生粋のシネフィルである彼は、自身の演技へのアプローチについて話すときと映画自体に話題が移ったときではそのテンションが変わる。柔らかく温厚で、穏やかに語る人物だが、映画愛を隠せずについつい熱が入ってしまうのが微笑ましい。取材の合間に「最近観た映画」について雑談を交わした際も『ガール・ウィズ・ニードル』(25)『サブスタンス』(25)『教皇選挙』(25)といったタイトルが流れるように出てきては、その顔に笑みが浮かぶ。直近での撮影の合間にはシカゴ美術館を訪問したというが「エドワード・ホッパーの『ナイトホークス』の実物を見て“これが様々な映画に影響を与えた絵画か”と感動しました」との感想通り、西島の中心にあるのはやはり映画だ。真利子哲也監督の作風に対する洞察も、長年映画と歩んできた彼ならではの深みが伴う。

「真利子監督の作品の根底には、“世界とは、突然理由もなく、理不尽に日常や幸せが崩れ去ってしまうものだ”という哲学が流れていると感じます。『宮本から君へ』もそうですし、『ディストラクション・ベイビーズ』(16)は行く先々で混沌を引き起こす主人公が世界そのもののように見えました。『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』では、“日常が続くと思っているから生きていける”人間の心理と、“でも世界はそう出来ていない”という真実をさらに掘り下げていますよね。僕自身も震災やコロナ禍でまさにそれを体験しましたし、真利子監督ご自身がアメリカで過ごした日々も影響を与えているように思います。その上で『ディストラクション・ベイビーズ』は個人、『宮本から君へ』は恋人、『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』は家族といった変化が見られます」

■楽しみつつ奮闘する海外での撮影

俳優としての原動力も「ご一緒したい監督や俳優さんがたくさんいるから」と、どこまでも映画好きとして生き続ける西島。「独立して1年が経ち、ようやく環境が整ってきました。CAAと契約して間口は広がりましたが、自分の中では本当に小さな一歩目が始まった感覚です。一つひとつ経験を積み、出演作を観て下さった方々が日本なり海外なり出てきてくだされば、また仕事が続けられる。今はそんな状態です」と浮足立つ周囲をよそに、着実に歩を進める。

「独立もそうですが、実際に体験しないとわからないことばかりです。アメリカの映画製作システムがなぜうまくいっているのか知識としては聞いていますが、自分の身で経験するとまた違うものです。撮影も日本ほどきっちりと進んでいかないため、毎日スケジュールが変わることもあります。撮りこぼしたら翌日に持ち越しになりますし、リテイクもあるため臨機応変に対応しなければいけません。作品の規模感にもよるでしょうが、自分が経験した海外での撮影に関して言うと、時差ボケを治す間もなく、着いてすぐに撮影に入ることもしばしば。ではどう動けばよいパフォーマンスができるか――軽い運動をする時間を採り入れてみたり食事を工夫したり、いまなお実践中です」

そうした苦労も、映画人・西島秀俊にとってはやりがいが勝るのだろう。経験を蓄積した果てに、日本の映画業界に還元したいと現在の夢を語ってくれた。

「日本映画でも次々に面白い作品が生まれていますし、システムも良くなってきていると思います。だからこそ、もっともっと良い方向に向かえるよう、自分自身でも様々なシステムを学んで少しでも貢献できたらと思っています」

その背景には、『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』で目撃した、ある実体験があった。

「今回、撮影の佐々木靖之さんと照明のチャド・ドハティさんの連携が素晴らしかったです。英語でたくさん話すわけではありません。でも佐々木さんがカメラのミリ数などを伝えるだけでチャドさんに佐々木さんの考えていることがしっかりと通じている。お互いに尊敬しあっていて現場が非常にスムーズに進んでいく光景を目にしました。『映画を作る』という文脈で分かり合えていて、認め合えているからこそ上手くいったのだと思います。もちろん言語の問題は大きく、僕自身も勉強していかなければいけません。でも、一番大事なのはものづくりの情熱であり、それさえあれば様々な壁を超えて共に作品を生み出せるのだということを目の前で見られたことは大きな経験になりました」

映画の申し子・西島秀俊。その途方もない愛に見合うスケールの表現者に、彼は日々着実に近づいている。

■西島秀俊

1971年3月29日生まれ、東京都出身。92年に俳優デビュー。21年公開の映画『ドライブ・マイ・カー』では、第45回日本アカデミー賞 最優秀主演男優賞、第56回全米映画批評家協会賞 主演男優賞などを受賞。ドラマ『きのう何食べた？』シリーズや、映画『首』、『スオミの話をしよう』、Apple TV+『Sunny』など、国内外の映画・ドラマに出演。

■『Dear Stranger／ディア・ストレンジャー』

9月12日（金）TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー 配給：東映 ©Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.

ニューヨークで暮らす日本人の賢治（西島秀俊）と、アジア系アメリカ人の妻ジェーン（グイ・ルンメイ）は、仕事や育児、介護と日常に追われ、余裕のない日々を過ごしていた。ある日、幼い息子が誘拐され、殺人事件へと発展する。悲劇に翻弄される中で、口に出さずにいたお互いの本音や秘密が露呈し、夫婦間の溝が深まっていく。ふたりが目指していたはずの“幸せな家族”は再生できるのか？

写真・横山創大 スタイリング・オクトシヒロ ヘアメイク・亀田雅 文・SYO 編集・遠藤加奈（GQ）